中京海運株式会社

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コラム
2026.07.03

名古屋港に集まる木、飛騨で磨かれる技
~飛騨高山出張~

名古屋港が木材港として発展した背景には、実は “山の都” 飛騨高山の存在があります。
飛騨は古くから木工の名産地で、江戸時代には「飛騨の匠」と呼ばれる職人たちが全国で活躍してました。

当社は飛騨木工連合会主催の「2026 飛騨の家具フェスティバル」に協賛しており、取引先である柏木工株式会社様が出展されるため、会場を見学してきました。

名古屋港の木材産業は、約400年前の尾張藩のころに始まりました。
木曽の山で切った木を筏で川に流して熱田の港まで運び、堀川のまわりで木を切ったり売ったりしていました。
その後、明治40年に名古屋港が開かれると、木材の仕事をする人たちが港の下流へ移り、産業はさらに発展しました。

白鳥貯木場から流された木材が堀川を下る(昭和初期の筏流し)

戦後、日本では家を建てるための木がたくさん必要になり、名古屋港には外国から多くの木材が運ばれてきました。
その量は貯木場に入りきらず、港や川にまで木が並ぶほどでした。
そこで名古屋港の西側に木材を扱うための専用エリア(木材港や木材工業地帯)が作られ、多くの木材会社が集まりました。
また、伊勢湾台風で木材が流されて被害が出たため、安全のために木材港の場所を見直し、西部木材港(愛知県海部郡飛島村西浜木場地区)が作られました。
こうして名古屋港は、東京・大阪と並ぶ日本の三大木材港の一つになりました。

西部木材港(愛知県海部郡飛島村西浜木場地区)

当社は戦前に生まれた会社で、長い歴史の中で木材と深い関わりを持ちながら事業を続けてきました。
家具メーカーが必要とする木材を安定して確保できるように海外から木材を輸入したり、逆に海外のニーズに合わせて日本から木材を輸出したりして、木材の物流を支えてきました。
木材は丸太・製材・合板原料など種類や加工度によって関税区分が細かく分かれており、輸出入の通関手続きは非常に複雑です。
さらに、輸出時には木材が植物防疫(検疫)の対象となることもあり、専門的な知識と経験が欠かせません。
当社はこうした複雑な手続きや国際物流を長年にわたり担い、木材を安定して届けるための重要な役割を果たしてきました。

では、ここから木の流れをたどるレポートを始めます!

かつて木材が集まっていた堀川沿いの本社を後にし、筏ではなく「JR特急ひだ」に乗り込み、高山へ向かいました。

堀川沿いの本社
輸出部 Aさん

高山の川を眺めながら、名古屋の堀川まではつながっていないものの、かつてこの流れを木材が下っていた時代に思いを馳せました。

高山は木の家が並ぶ景色が素晴らしく、“さんまち通り” を歩くと昔の町の息づかいを感じます。
石川県、福井県出張編でも登場した、輸入部 Tさん、今回も中華そばをいただきました。

2026 飛騨の家具フェスティバルの会場に到着しました。
これから、飛騨の木のぬくもりをたっぷり味わってきます。

魅力あふれる家具の説明を聞き、とても興味深く感じました。
飛騨高山の家具メーカーは、戦前から受け継がれてきた高い木工技術を強みに、戦後の家具需要の拡大に応えて発展してきました。
柏木工様もその代表的な存在で、ウィンザーチェアやロッキングチェアなど、木の美しさと温もりを最大限に生かした家具を生み出し続けています。
伝統の技と現代の暮らしに合ったデザインを融合させ、日本を代表する家具メーカーへと成長した姿には、飛騨のものづくりの力を感じます。
柏木工(KASHIWA)様が受賞した主な賞は、国際デザイン賞「Red Dot Award」や「グッドデザイン賞」、そして「ウッドデザイン賞」など多数あります。

そして当社も、こうした家具づくりに欠かせない木材を安定して届ける物流面で長年関わってこられたことに、大きな喜びと誇りを感じています。

帰りも筏ではなく「JR特急ひだ」に乗り、家具を作り終えた職人のような心持ちで、飛騨の地ビールをゆっくりと味わいながら名古屋の堀川へ戻りました。

ライトアップされた堀川沿いの本社

お疲れさまでした! 

名古屋には「KASHIWA NAGOYA」のショップ&ショールームがあり、かつて堀川とつながっていた 中川運河の始点に隣接するグローバルゲート 内にあります。
あおなみ線 ささしまライブ駅 とは歩行者デッキで直結しており、アクセスも便利です。

2026飛騨の家具フェスティバル 協賛について
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